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  • mhojo58

倍速・早送り厳禁の名盤


 昨今のヤングは「タイムパフォーマンス」(略して「タイパ」)といって時間を合理的に使うということにこだわるそうで、音楽・映画なども盛り上がるポイントなどを絞って観るないし聴く、あるいは倍速で見聞きするのが是とされているようです。先日、映画を10分くらいに省略してあらすじだけわかるようにした「ファスト映画」を作成した者が著作権侵害で訴えられ、裁判所から5億円の損害賠償を命じられたという事案もありました。音楽もいきなりサビとか、短いものが好まれるようです。ウェブでの動画も、1分に満たないようなショート動画がよく閲覧されているようです。

 しかし、本当にそれでよいのでしょうか?映画も音楽も、どのシーン、どの小節もアーティストの意図が込められているはずですので、通して観る、聴くのが筋といえるでしょう。あらすじだけ知りたいのであれば、ウィキペディアやその筋のサイトでも覗けばいいのです。そういえば私が学生の頃、今は亡きプリンスが「ラブセクシー」というアルバムを出したのですが、途中で端折って聴かれるのを避けるため「全部一曲」という設定となっていました。プリンスの「通して聴け!」という強い意図を感じます。しかし、これも昨今では適当なところで曲が分割されたCDが出ているとか。まことに嘆かわしいことです。

 そんなタイパ時代の風潮とは正反対の場所に位置するのが、イエスの”Close to the Edge"(邦題は「危機」)です。アルバムにたった3曲、19分、10分、9分の曲が入っています。イエスは70年代から90年代頃までにかけて活躍したイギリスのプログレッシブロックバンドで、高い演奏力や複雑な曲構成で知られています。「危機」は1972年の作品で、彼らの最高傑作と言われています。

 1曲目の"Close to the Edge"も川のせせらぎの音から始まり、複雑な曲構成を経てじわじわと盛り上がっていき、12分過ぎにクライマックスが現れます。このクライマックスも最初からじっくりと(我慢して)聞いてこそ感動するものであり、ここだけ聞いてもそんなに感動しません。例えるならば、飲み会で徐々に盛り上がっている中で途中で参加した人が感じる周りとのテンションの違い、のようなものでしょうか。2曲目の"And you and I"も繊細なアコースティックギターソロから始まって徐々に楽器が加わって盛り上がっていくもので、これも通して聞かないと良さは分かりません。3曲目の"Siberian Khatru"はストレートなロックナンバーで、これは最初から盛り上がっているので自然と通して聞けるという、まことに親切なナンバーです。

 ちなみにこのアルバムの歌詞も英語ではもちろん、和訳でもほぼ意味が分からないという代物です。なんでもヘルマン・ヘッセの小説「シッダールタ」にインスパイアされて書かれたようなのですが、非常に哲学的で、本当の意味は歌詞の作者であるジョン・アンダーソンにしか分からないかと思われます。そんなところも、愛だの友情だの勇気だの分かりやすいことしか歌っていない昨今のポップスとは対極にあると思われます。

 たまには威儀を正して、スピーカーの前で正座して、じっくりと聞きたい、そんな名盤です。

 



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